【 "Teaser" 撮影現場にて 】
≡ in Budapest '94 ≡

( VOL.75 / May 1995 )
オランダのファンクラブ 『TRIBUTE』 からの追っかけ記です。
クラブ間の交流により転載OKの承諾を受けています。

Reported by : Ms. Willy Gijsman


■8月4日(木)■
 1994年8月4日 午前11時頃、私は友人のフレイヤからの電話で、明日ハンガリー・ブダペストで新しいビデオ撮りをするという情報をもらい、一緒に出掛けた。
 マイケルはケンピンスキー・ホテルの最上階に部屋を取っていて夜11時頃に着く予定だったが、私たちはそれよりも早く着いてしまった。

 やがて大きな歓声とともにマイケルのバンが到着したので、私たちはバッグを掴んでバンに駆け寄った。 マイケルは調子も良さそうで笑って手を振ってくれた。 バンの中にはリサ・マリーもいた。

 その日はもう夜遅かったので、それ以上マイケルは姿を見せなかった。



■8月5日(金)■
 翌日、ホテルの前には沢山の人が集まって来ていて、ドイツのBRAVO誌のライター、アレックスの姿もあった。
 マイケルはどこかの病院へ行きたがっているという話を聞いたが、やがてその病院名が判ったので先に行っていることにした。
 40℃近い気温の中、私たちは何時間も待った。
 そうするうちに、他の病院から来たファンがやって来て、マイケルは先に他の病院を回っていたことが判った。 その病院では警備が充分ではなかったのでファンが病院内に入ってしまい、安全な状態にするのに時間がかかってしまったそうだ。

 やっとこの病院にマイケルが到着した。
 バンのカーテンが開いて、マイケルとリサが手を振ってくれた。 そして知っているファンの顔を見つけると、その度に指を差してくれた。 とても幸せそうで、楽しそうだった。
 マイケルが中に入ってしまうと、ルイーズとミリアムが呼ぶので建物の横に行くと、柱の間からマイケルが何か子供に話しかけているのが見えた。 小さな男の子はベッドの上で飛び跳ねていた。

 マイケル達が部屋を出たので、私たちも前へ回った。
 マイケルが通り過ぎる時、
 「Hi! Michael!」
と呼ぶと、マイケルは顔を上げずに手を振ってくれ、バンに乗り込んだ。
 その後ろを走っていると、バンの中で手を振っている黄色と青の服を着た小さな人に気がついた。 彼は "DANGEROUS" のアルバムのジャケットに出ていたシルクハットを被った人だった。



■8月6日(土)■
 次の日、マイケルはお城でビデオ撮りをすることになっていた。
 私たちも中に入ることが出来た。

 最初のショットは、マイケルのスタントとマイケル自身が選んだバレンティノ 【※編集注 - マイケルの物真似師のアーネスト・バレンティノ氏。 行進の練習などカメリハ時のため起用】 だった。 衣装は素晴らしく、ひと目で気に入った。
 それからマイケルは、バレンティノに代わってそれを着て写真を撮った。

 その時あまりにも暑かったので、私は皆のところから離れてビデオ撮りもバックステージも全部見える場所にいたのだが、ピンクの傘を持った青年を連れてマイケルがやって来た。
 マイケルは、ワンシーンが済むたびにバックステージのリサとあの小さい人がモニターで観ている場所へやって来た。 マイケルは、自分の気に入っている所をリサに教えては笑っていた。 そして突然、ほんの少しの間、マイケルは私を見た。

 次に撮影したのは、感極まって叫んでいる2人の子供にマイケルが手を振っているシーンだった。
 子供たちは、自分たちに手を振ってくれているのが信じられない様子だったので、マイケルがもう一度合図を送った。 2人はマイケルの方へ走っていった。 マイケルは2人にキスをした。

 この時、陽が蔭ったので私は皆のところへ戻った。 するとクルーの中の誰かが私に怒鳴った。
 「Hey! 君、そこの銀色の帽子を被っているの… こっちへ来てくれないか!」
と、子供たちの間のいちばん前を指すのだ。 彼らは群衆を撮ろうとしていた。
 私は喜んでいちばん前に立つと、誰かが
 「OK、マイケルが来るよ!」
と言うのが聞こえた。  そしてマイケルがこちらに歩いて来た。 サングラスを外し、右の方へ行き、前を通って今度は左の方へ歩いていき…。

 マイケルは、それらのシーンの出来上がりを観てからバンに乗り込み、私たちを従えて出発した。

 ホテルに戻るとマイケルは窓に出てきて、ポスターや写真,“僕と子供を救って!”と書いた枕カバーまで落としてきた。
 そして、マイケルに “下りておいでよ”とふざけて言うと、マイケルは私に “上がって来い”と言う。 そこら中にセキュリティ-がいっぱい居てそんなこと出来るわけが無いので、私は飛び跳ねてマイケルに下りてくるように言うと、マイケルも真似して窓の後ろで飛び跳ねていた。



■8月7日(日)■
 次の日も撮影があり、私たちも広場へ行った。
 兵士とダンス(※ファンシードリル) ばかりが見えて マイケルはよく見えなかった。

 ミーティングの時間が来て、マイケルは長い休憩を取った。

 私はバンのあるバックステージへ行くことにした。 そこからは休憩中のマイケルが見えて、ファンが大きな声で叫んでいた。 そしてそれをカメラクルーが撮影していた。
 カメラクルーが私たちに “I love MJ” と叫ぶように言ったので3回繰り返し叫び、終わると
 「とても良かったよ」
と言ってくれた。

 撮影が終わった後、マイケルは記者会見をしに子供病院へ行くということを知らなかったので、私はホテルへ大急ぎで帰ってしまった。
 マイケルは、肝臓移植の必要なベレン君という少年の手術費用を負担しようとしていた。 手術しなければ少年は確実に死んでしまうのだ。

 私と友人は、その日見た兵士の新しいダンスを練習しておいた。
 マイケルが窓のところに現れた時、皆が叫び拍手する中で、私たちはただ踊っていた。
 マイケルは大喜びで花を投げたけれど、私はダンスに夢中で気づかなかった。 マイケルが私たちに帽子を投げたのも知らなかった。




■8月8日(月)■
 次の日、マイケルはもう一度窓に現われてから出発していった。

・・・ END ・・・

UPDATE - '08.07.21
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